日常の“違和感”をクリエイティブに変換する力:無駄づくりが映し出す、微妙な不快感と共感

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先日、藤原麻里菜さんの発明たちに出会った。

……いや、役に立たなすぎて最高すぎる。

でもよく考えると、あの無駄づくりたちって、日常でふと感じる 「ちょっと気になる」 「なんかムズムズする」 「別に誰にも言えないけど」 っていう微妙な不快感や違和感を、ちゃんとすくい取って形にしてる。すごい!

便利でも革新的でもないけれど、なぜか共感してしまう。

藤原さんの発明って、どれも笑えるけど、どこか自分ごとにも思えてくる。 たぶんそれは、「便利」とか「正解」じゃなくて、 “感情のかけら”みたいなものをちゃんと見てくれてるからだと思う。

誰もが一度は感じたことあるような違和感を、 ちょっとズレたアイディアとガジェットに変換する。 しかも、めちゃくちゃ楽しそうに。

その姿に、ちょっと勇気をもらえる気がする。 「そんなことでいいんだ!」って。

生活の中のどうでもいいけど“ちょっとわかる”という感情がベースにある。

私たちが日々感じている「違和感」「小さな不便」や「言語化できない感情」を、ユーモラスかつ具体的なカタチに変換しているからこそ、笑ってしまうし、どこか救われるような気にもなる。

だから!?この発明たちは「問い」をもち革新的な「アート」として存在しているように思う。

しかし、身近に共感できる日常こそ、作品に落とし込むのは意外と難しい気がする。

今回は、「違和感」や「微妙な不快感」を見つける感性、そしてそれを表現に変える創造力に焦点を当てます。

藤原麻里菜さんに学ぶ、違和感を形にする創造術

違和感こそ、創作の原石

藤原さんの無駄づくりに共通しているのは、「微妙な違和感」を見逃さない感性だと思った。

ちょっとした日常の矛盾や不満が出発点になっている。

面白いのは、それを“批判”ではなく“作品”にすること。

「なんかムズムズする」「ちょっとイラッとする」そんな感覚に“名前”をつけ、笑いに変えて提示する。その過程にクリエイティブの本質があるように思える。

私自身、「なんで今こんな気分なんだろう」と思う瞬間がよくある。けれど、それをスルーせず、ノートにメモしてみる。そうやって違和感を観察することは、やはり創造の第一歩になるのかもしれない。

・コンビニのおにぎりの具が思ってた場所になかったときの裏切り感

・Zoomの終わり際の「お疲れさまでした」って、どこまで言い続けるの?っていうあの空気

こういう、なんとも言えないモヤモヤとか、ちょっとしたイラッとかって、日常に山ほどある。

ホントに山ほどある。

でもたいていは、

「ま、いっか」

って流してしまうし、

気にしないようにしている。

だって、気にすると生きるのが苦になるから。

藤原さんがすごいのは、その“ま、いっか”をスルーしないことなんだと思う。

「なんか気になるな」っていう小さな感覚を見逃さずに、そこにちゃんと突っ込んで、自分なりの視点で拾い上げてる。

しかも、それをユーモアやガジェットに変換して、人に見せられる形にしてるって、ほんとにすごい。

違和感との安全な付き合い方

そう!ここがポイントだと思う。

「ユーモアやガジェットに変換して、人に見せられる形にしてるって、ほんとにすごい。」

アウトプットを設定しているから違和感が楽しくなるんだと思う。

違和感は拾うだけだと、正直ちょっと疲れる。 けど、アウトプットの種として拾うなら楽しい作業になるかもしれない!ってこと。

それでやっと「違和感こそ創造の入り口である!」公言できる。

(#アウトプットを設定せずに違和感を拾いだすと苦しくなるので注意してほしい。笑

街を歩いてても、「これもモヤる」「あれもヘン」って、

どんどん“気になるポイント”が増えていって、気が休まらなくなる。

これは、自分の体験としてもあるし、周りのクリエイターもよく言ってる。

だから、「アウトプットの場所を決めておくこと」ってめちゃ大事だと思う。

つまり、

・ネタ帳に描き溜めて、月に1回だけまとめて見る

・SNSに定期的に放出する

・創作ノートに書き出して、あとから見返す

みたいに、“出す場所”と“出すタイミング”を自分で決めると、安心できる。

違和感って、感度が高いほど見えてくるけど、ずっと向き合ってるとしんどくなる。

だからこそ、アウトプットの設定=自分を守る境界線みたいなもの用意したい。

なにかを作るとき、「何を作ろう?」って考えるよりも、

「なんでこれモヤっとしたんだろう?」って考える方が、リアルだし、自分の言葉が出てくる。

感性って、ゼロイチのセンスとか才能だけの話じゃない。

日常をちゃんと見て、自分の心が動いた瞬間に気づけるかどうか。

それだけで、ぜんぜん違う。

ただ危険地帯であるからこそ、準備して注意しながら走りたい。

「ちょっと変だな」

「なんか引っかかるな」

って思ったとき、メモをとるようにしようと思う。

それがそのまま何かになるわけじゃないけど、

“気にするチカラ”を育ててるような気がする。

違和感って、見つけようとするとけっこう身の回りにあるんだろうけど、見ないようにしている。

気づけるようになると、世界の見え方も少し変わる。

それって、ちょっとワクワクすることだと思う。

ユーモアに変換すると、世界がちょっと優しくなる

そしてもうひとつ。

違和感をそのまま吐き出すだけだと、ただの愚痴や批判になってしまうこともある。

それが悪いわけじゃないけど、ユーモアを通すと、伝え方がまったく変わる

藤原さんの作品って、まさにそれ。

「社会の圧」とか「一人暮らしの孤独」みたいなテーマも、笑いながら受け取れる形にしてくれる。

たとえば、
「寝るだけで自己肯定感を上げる装置」とか、
「人との距離を自動で測ってくれるスティック」とか。

笑って終わるけど、どこか自分ごとで、
「あー、わかる」「これ、あったらちょっと救われるかも」ってなる。

ユーモアって、違和感やしんどさを“人と共有できる形”にする手段なのかもしれない。

深刻になりすぎず、でも軽くなりすぎず。
“笑えるけど、本音がある”っていう、このズレのバランスが、ものすごく大切だと思う。

「真剣なズレ感」を育てる

じゃあ、違和感やモヤモヤをどうやってユーモアに変換するのか?

これは藤原麻里菜さんの作品を見ているとヒントがたくさんある。

まずひとつ思うのは、「本人がめちゃくちゃ真面目にふざけてる」ってところ。
どの装置も、ネタっぽい見た目なのに、しっかり設計されてて、ちゃんと動く。
くだらないアイデアを、ちゃんと形にする。それが面白い。

つまり、ユーモアのひとつには“ズレ”の中にある真剣さがある。

「寝るだけで自己肯定感を上げたい」って、願望としては笑っちゃうけど、
「それ、みんなちょっと思ってるよね?」って共感がベースにある。
だからこそ、笑いながらも、どこかで心に刺さる。

優秀なユーモアの作者たちは、「ズレ」がちゃんとわかっていて、知らないフリをしているんだと思う。

私も「ズレ」が見れるように修行していきたい。

「ズラす」コツを考える

ユーモアって、ただ突飛なことをするんじゃなくて、

「あるある」と「なんでそうなるの!?」の絶妙な間にある気がする。

・みんながうっすら思ってること(共感)
・そこに予想外のカタチで答える(意外性)

この二段構えでズラすと、面白さが立ち上がる。

たとえば、
「家から一歩も出たくない人のための、家の中だけで外出感が出るメガネ」みたいな発明。
「あるある…」→「え、それ!?」→「わかるわ〜笑」
っていう、笑いと共感が交互にやってくる感覚。

藤原さんの作品って、「言いにくい気持ち」を堂々と発明してるのが魅力的。
たとえば「賞をくれるマシン」なんて、自分で言ったらちょっと恥ずかしい願望だと思う。
でもそれをあえて発明することで、「それ、私も思ってた!」って共感が広がる。

つまり、“自分の弱さ”とか“恥ずかしさ”って、実は笑いの宝庫

その感情を無理に強がらず、「ネタにしてみよう」っていう余白を持てると、ズレからユーモアがにじみ出てくるのかもしれない。

だから、ユーモアは、ただのジョークじゃない。

ときには、しんどいことをやわらかく包み直す“装置”にもなる。

・孤独
・プレッシャー
・生きづらさ
こういうテーマって、そのまま言うと重くなるけど、

ユーモアを通すことで、「話しても大丈夫」な空気になる。

それって、ものすごくクリエイティブで、人にやさしいと思う。

まとめ:「日常の“違和感”をクリエイティブに変換する力」とは?

それは、①自分の感情にちゃんと気づいてあげること
そしてそれを②手放すアウトプットを持つこと
そしてそれは③ズレを使ってユーモアにすること

自分なりの方程式、
違和感をおもしろがりながら手放す方程式。

日常にある違和感や微妙な不快感を楽しく拾い上げ、
「なんでそう感じたんだろう?」と問いを立ててみる。

それが創造の入り口になる。

そして、その感情にユーモアという工夫を通すことで、

ただのモヤモヤが、人とつながる「かたち」になっていく。

藤原麻里菜さんの無駄づくりは、まさにそれを実践していた。

感じて、笑って、つくって、ちょっと救われる。

だから私たちも、違和感は

「これはアイデアかもしれない」と思ってみる視点を持てたら、

日常が少しだけもっとクリエイティブに見えてくるかもしれない。

違和感をそのまま投げるだけじゃなくて、

そこにちょっと自分の視点を足して、ズラして、遊ぶ

ユーモアって、センスとかウケを狙うことじゃなくて、

「自分がどう感じたか」を、ちょっと楽しく翻訳してみる作業なんだと思う。

管理人
Brocco

染色・縫製、音楽、グラフィック…。
いろんなジャンルで“つくる”ことを仕事にしています。

今後、より面白い作品やサービスを生み出すために。

このブログでは、「感性を育てる」ことをテーマに、
アートの中にある「気づき」や「視点のずらし方」について、
クリエイター目線で綴っています。

この場所は、私にとっても、思考と感覚を耕す場。
書くことで、自分自身の視点も少しずつアップデートしていけたらと思っています。

読んでくれるあなたの日常にも、
何か小さな“見方の変化”が芽生えたらうれしいです。

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