草間彌生さんの作品を初めて目にしたとき、私は「可愛い」と「狂気」の間を行き来するような、不思議な感覚に包まれた。無数の水玉が空間を覆い尽くす様は、装飾的というよりも、むしろ執念深く、圧倒的だった。
草間さんにとって水玉は「自分が世界とつながるための道具」であり、同時に「自分を消してしまう方法」でもあるそうだ。一体どういうことなのだろう?疑問になった。
空間と一体化するアート体験
見る/見られるを超えて“包まれる!?”
美術館に行くと、ふつう「作品を見る」側にいる。
けど、草間彌生さんのインスタレーション作品に足を踏み入れると、その関係性が崩れる。
そこでは、作品は目の前に“ある”ものではなく、自分を包み込む“環境”になる。
見ること、見られること、存在すること。
それらの境界がふわりと溶けていく。
作品に“入る”ことで、私たちは視覚だけでなく、感覚全体でアートと交わる感じなのだ。
没入と瞑想、そして安心!?
草間さんの空間にいると、不思議と静かになる。
ミラールームの中で、光がゆっくりと明滅し、水玉が繰り返し浮かび上がる。
その反復と沈黙のリズムは、まるで瞑想のようだった。
「考える」ことをやめて、ただ「存在する」状態。
自己が消えるというよりも、「消えることを許されている」ような安心感があって、
そこには創作にも通じる深い集中の感覚があった。
身体感覚が消えるインスタレーション
インスタレーション空間では、次第に自分の身体の存在感が薄れていく。
足元が鏡になっていたり、天井と床が同じ色で塗られていたりすることで、自分がどこに立っているのか、どこまでが現実なのかがわからなくなる。
その感覚は少し不安でもあり、けれどとても魅力的だ。
身体から自由になって、空間に漂っているような、そんな軽さがある。
不思議だ。見ているのに視覚の優先されなくなる。
空間の中で“私”がどこかへ行ってしまう
この“私がどこかへ行ってしまう”感覚──
これがただの鑑賞では味わえない、草間さんの作品特有の体験だろう。
名前も肩書きも、他人からの視線もない場所。
そこでは「私は誰か?」という問いすら意味を持たない。
草間さんは、そんな状態を「宇宙と一体化する」と表現していたように理解した。
それは、自己がなくなることではなく、「もっと大きな何かの一部になること」なのか。
視覚だけでなく、感覚全体で体験する
草間さんの作品は、視覚芸術であるのだが、空間体験が強いとも感じた。
色彩、光、反射、音、時間の流れ──五感が刺激され、それぞれの感覚が混ざり合っていく。
それは、単なる“見た”という記憶ではなく、“全身で感じた”という記憶になる。
この「感じる」ことを大切にする体験が、日常の中で忘れていた何かを呼び起こしてくれる。気がする。面白い。
草間彌生さんが語る「自己消失」とは何だろう?
草間さんにとって水玉は「自分が世界とつながるための道具」であり、同時に「自分を消してしまう方法」でもある。繰り返し描かれるその形には、強い意味と感情が込められている。
宇宙との一体感とは
草間彌生さんは「私は宇宙に溶け込んでいく」と繰り返し話している。
彼女の作品に足を踏み入れると、その言葉の意味が少しだけ分かる気がする。
水玉や鏡の中で、自分がどこにいるのか分からなくなり、やがて空間全体と一体化していくような体験。そこには、私たちが普段強く持っている「自己」や「自我」の輪郭が薄れていく心地よさがある。
幼少期の幻視体験と“自己”の揺らぎ
草間さんの創作の原点には、幼少期に体験した幻視があるようだ。
壁一面に花柄が広がり、自分の体までその模様に覆われる幻覚──。
その時、彼女は「私が消えていく」と感じたそうだ。
それは恐ろしい体験だったかもしれないが、同時に彼女にとっての創作の核となった。
「自己が消える」という概念は、病ではなく芸術へと昇華された。
「消えてしまいたい」願望と創作の関係
草間さんはかつて、「私は作品の中で自分自身を消してきた」と語っている。
そこには、生きることの苦しさから解放されたいという願いが込められているのかもしれない。
しかしそれは、破壊的なものではなく、創造的な「消失」なのだろう。
水玉や鏡、反復によって自己が空間に溶けていく。
創作は、彼女にとって「自分をなくすことで、ようやく世界と調和できる手段」だったのだろう。
インフィニティ・ミラールームの仕組み
代表作「インフィニティ・ミラールーム」は、鏡と光、水玉を組み合わせた没入型の空間だ。
無数の光が鏡で反射し、視界が無限に広がる。
入った瞬間、自分の姿はあっという間に背景に溶けていく。
見えているのは“私”ではなく、“無限の空間”。
そこには、自分の身体が風景の一部になるような感覚がある。
草間彌生さんとは?
草間彌生さんは1929年に長野県松本市で生まれた。幼少期から幻覚や幻聴に悩まされ、それを克服するために絵を描き始めたそう。1957年、28歳で単身渡米し、ニューヨークで前衛的なアート活動をスタート。アンディ・ウォーホルなどと並ぶポップアートの旗手として注目されるようになった。
彼女の作品の特徴は、無数の水玉模様や網目模様を繰り返し描くことで、自分の内面の世界を視覚化すること。帰国後も精力的に創作を続け、今では世界中で展覧会が開かれるほど、国際的にも高く評価されている。
草間彌生さんの作品
草間彌生の代表作をいくつかピックアップ。
「南瓜(かぼちゃ)」シリーズ

黄色や赤色のカボチャに黒い水玉模様が施された作品。特に香川県直島の海岸にある「黄かぼちゃ」は、アートの聖地として世界中から人が集まる人気スポットになっている。
「無限の鏡の間(Infinity Mirror Room)」シリーズ

鏡を使ったインスタレーション作品。無数の光が反射し続けて、まるで宇宙にいるような感覚になる。まさに「無限」を体験できる空間。
「わが永遠の魂」シリーズ

2009年から作り続けているシリーズで、カラフルでユニークな形が特徴。草間さんの精神世界や生命観が表現された壮大なプロジェクト。
創作の中に“自己消失”を取り入れるヒント
観る者も“消える”空間の構成
草間さんの作品が特別なのは、鑑賞者を「ただ見る人」ではなく、「その空間に取り込まれる存在」にしてしまうところだ。
観ることが、存在を消すことに変わる。
作品の中で“私”という輪郭が曖昧になり、気づけば「空間の一部」になっている。
その感覚は、不安定さと同時に、どこか安心も含んでいる。
まるで、世界と自分が境界なくつながっているような不思議な体験だ。
この感覚を作りだす方法はあるのだろうか?
自己が消えるような感覚──それは偶然に訪れるのだろうか?
それとも、意識的に「つくる」ことができるのだろうか?
草間彌生さんの作品世界からヒントを探ってみたい。
自分を溶かすモチーフ。「形」と「色」の選び方
草間さんの作品に繰り返し登場する「水玉」は、均一でどこまでも広がる無個性な形。
強い色彩と単純な形を繰り返すことで、「私が描いた」という痕跡が消えていく。
そのような“没個性的なモチーフ”を意図的に使うことで、自我の主張を静かに手放すことができる。
作品に“自分らしさ”を込めるのではなく、“自分を失わせる形”を探す視点も、創作の可能性を広げてくれるかもれしれない。
空間の構成で、輪郭を曖昧にする
草間さんのインスタレーションでは、鏡や光、反復する形状によって、身体の位置感覚が徐々に崩れていく。
空間そのものが「私を曖昧にする装置」になっているのだ。
この発想は、創作においても応用できる。
例えば、作品を置く場所、光の当て方、見る人の動線──何か必要なはずの感覚を「消えるように」設計してみる。
自己の存在感を薄くする空間設計は、没入感や一体感を生み出す鍵になるかもしれない。
反復が生むトランス状態の可能性
同じ線、同じ形をひたすら描き続ける。
一定のリズムで手を動かすうちに、思考が遠のき、意識が深いところへ沈んでいく。
これは多くのアーティストが経験する「制作中のトランス」だが、草間さんの場合、それが極端なまでに強く表れている。
反復=自己消失への導線とも言える。
行為に没頭し、思考を手放すことで、「私」がゆるやかにほどけていく。
自己を失うことへの“安心”を設計する
「自分が消える」という感覚には、不安がつきまとう。
自己を手放すことは、怖い。でも同時に、そこにはある種の「自由」も存在する。
「自分らしくあらねば」「上手く表現せねば」といった意識から解放されたとき、はじめて本当に自由なが生まれる。
草間さんの“自己消失”は、自己否定ではなく、“自我を手放すことで得られる安心”のようにも感じられた。
“消えること”は、怖いことではなく、世界とひとつになること。
自己の境界をゆるめることへの安心感を描く。どうやって。。。
空間・音・光を味方にする
創作をするとき、キャンバスの上だけで完結しようとしてしまう。でも、草間さんのように「空間」ごと作品を考えてみると、創造は一気に開かれていく。
光の入り方、音の響き、体の動き──すべてが“素材”になる。
特にインスタレーションや立体的な作品をつくる人にとって、「空間と共に創る」という意識は、自分を溶かして世界とつながる感覚を強くしてくれる。
とめ:輪郭が溶かすという創造
草間彌生さんの「無限の水玉」は、ただ鮮やかでポップなだけの表現ではなかった。
そこには、自己を手放したいという深い願いと、宇宙とつながるような広がりの感覚が込められていました。
私たちはつい、「自分らしさ」や「意味のある表現」に縛られがちです。
でも、草間さんの作品が教えてくれるのは、「私」という輪郭をいったん溶かすことで、まったく新しい創造の感覚が立ち上がってくるかもしれない、ということ。
「宇宙とつながる」感覚をどう育てるか
草間さんが作品を通して目指しているのは、「自分が宇宙とつながること」だ。
その感覚を私たちが創作に取り入れるには、まず日常の中にある“境界”をゆるめてみることがヒントになる。
たとえば、自然の中で目を閉じて風を感じてみる。言葉にならない感覚に意識を向ける。そうやって“自分以外”の存在と共鳴することが、「宇宙とつながる」創作の入り口になるのかもしれない。
空間に包まれる体験。
繰り返すことで訪れるトランス状態。
世界の一部として、自分が静かに存在しているという安心感。
それらはすべて、創作において「自己消失」という感覚を育てるきっとヒントになる。
自己を消すことは、何も失うことではない。
むしろ、そこから生まれる静けさや一体感の中に、言葉では表せない創造の源泉があるのかもしれません。
「輪郭を消すこと」を意識しての作品作りは面白そうです。

