私と『プロペラ犬』の出会いは東京芸術劇場だった。手の手術のついでに立ち寄った。 演劇は人それぞれ当たり外れの大きい世界だと思う。今回は、当たるのだろうか。
水野美紀と脚本家・演出家の楠野一郎によって結成された劇団ユニット『プロペラ犬』の「僕だけが正常な世界」を見に行った。
大好きな世界観だった♪
舞台の上では、現実と非現実が交錯していた。シュールでコミカルなやりとりに笑っていたはずなのに、ふとした瞬間に心がざわつく。この「ズレ」は一体何なのか?気づいたら、正常と異常の境界がゆらいでいた。笑っていたはずなのに、心のどこかに重い何かが残る。そんな感覚を体験している自分に気づいた瞬間、『これはもう、深ぼりたい。』と確信した。
それから私は『プロペラ犬』のDVDを買い漂った。一作ずつ観るたびに、この世界のズレに惑わされ、そして魅了されていった。
筆者はイベントで台本を書くことがあるが、「どうすればもっと面白くなるのか?」悩ましい課題だ。
今回は、『プロペラ犬』の舞台を振り返りながら、シュールな笑い、シリアスなテーマとの組み合わせ、「ズレの美学」について考察していく。
面白いを作る。「ズレ」「違和感」の必要性
普通なことには、私たちは当たり前だから、特に何も思わない。逆に、何かがほんの少しズレることで、「え? なんかおかしいぞ」と意識が向く。そこに笑いが生まれたり、不安を感じたりする。この「違和感」こそが、物語を印象的にする重要な要素になるのではないだろうか。演劇は映像作品に比べ、この「違和感」の役割が大きいように感じる。
違和感があるからこそ、人は考える
人は予想通りのことが起きると、そのままスルーしてしまう。しかし、少しでも「ん?」と感じる違和感があると、その理由を考え始める。だからこそ、物語において違和感は「考えさせる装置」になる。
例:「僕だけが正常な世界」では、主人公が「この世界はおかしい」と感じるが、周囲の人々はそれを普通としている。このズレがあることで、「正常とは何か?」という問いが観客に投げかけられる。
「ズレ」が笑いや恐怖を生む
コメディでもホラーでも、「ズレ」は感情を揺さぶる鍵になる。
- 笑いのズレ: 誰かが普通に話しているのに、一人だけ妙に大げさな反応をする。日常の中に突如として突拍子もない発言が混ざる。
- 例:「今日の夕飯何食べたい?」→「ゾウのステーキかな」
- → 普通の会話に異質な答えが混ざることで、違和感が笑いにつながる。
- 恐怖のズレ: 何も起こらないはずの場所で、不自然な動きをする人がいる。笑っていた人が突然無表情になる。
- 例:明るいシーンで、誰かが「この世界、おかしいよね」と真顔で呟く。
- → それまでの安心感が、一気に不安に変わる。
「普通」の基準を揺さぶることで、物語に深みが生まれる
ズレがない世界では、すべてが予定調和で進む。しかし、それでは物語は記憶に残らない。観客が「この世界、本当に普通なのか?」と考えることで、作品のメッセージがより強く伝わる。
『プロペラ犬』の作品がクセになるのは、この「ズレ」の使い方が絶妙だからだ。観客を笑わせた後に、ふと「これって笑ってていいのか?」と考えさせる。そのギャップこそが、面白さの源泉になっている。
「違和感・ズレ」のないストーリーはどうなる?
では、もし物語に違和感やズレが一切なかったらどうなるのか?
登場人物たちは予定調和の中で動き、ストーリーも驚きなく進む。ただ問題が起こり、それが解決するだけ。観客は何も考えず、ただ流れる映像や言葉を受け取るだけになる。
例えば、ヒーロー映画で主人公が完璧に敵を倒し、誰も苦しまず、何の障害もなく目的を達成するストーリーを想像してみよう。スムーズすぎて何の引っかかりもなく、観終わった瞬間にすべて忘れてしまうだろう。
物語に「ズレ」がないということは、記憶に残らないということ。予想外の展開や、常識とは違う視点がなければ、観る人の心は動かされない。眠くなってしまう。
『プロペラ犬』の舞台が観客の心に深く刻まれるのは、この「違和感」や「ズレ」を上手くに使っているからに違いない。
ズレの仕込み方を考える
ありふれた日常に“非日常”を混ぜる
- 日常会話の中に異常な要素をさりげなく入れる
- 例:「今日の夕飯、何食べたい?」→「ゾウのステーキかな」と普通に答える
- → 「いや、それ普通じゃないよね?」と気づかせることで笑いが生まれる
- → さらに話が進むと、それが本当に食べられる世界だったと判明(世界観のズレ)
- シリアスな場面に“おかしな言葉や行動”を差し込む
- 例:主人公が絶望しているシーンで、背景のモブキャラが唐突にラジオ体操を始める
- → 主人公の悲壮感とのギャップが笑いを生む
- → でも、よく考えると「世界が崩壊しているのに、普通の人は平気で日常を続けている」=実は怖い構図
物語のルールを“逆転”させる
- 「普通」の概念をひっくり返す
- 例:「笑ってはいけない世界」→ 主人公が笑うたびにペナルティを受ける
- 例:「悪人しかいない町」→ まともな人間が異常者扱いされる
- → シリアスなテーマ(社会の抑圧、価値観のズレ)を、シュールな設定で浮き彫りにする
- 登場人物の思考がズレている
- 例:戦場での極限状態なのに、「この銃、デザインは微妙だけど打ちやすいね」など、状況と関係ないことを話し続ける
- → 観客は「なぜ今それを?」と思いながらも笑ってしまう
極端な明暗(コントラスト)をつける
- シリアスな場面で、ふと「くだらないこと」を入れる
- 例:最愛の人を失った主人公が、葬式で「このお菓子、意外とうまいな」と真顔でつぶやく
- → 笑いと哀しみの落差で、逆に感情が際立つ(クールな悲しみ)
- 笑いのあとに、急激にシリアスに引き込む
- 例:登場人物がふざけているシーンで、突然「なあ、お前本当に幸せなのか?」と核心を突く
- → 笑いながら見ていた観客が、一瞬で現実に引き戻される
キャラクターの“ズレ”を意図的に作る
- 主人公が異常で、周囲が普通
- 例:主人公だけが「この世界は狂ってる!」と叫んでいるが、観客からすると「いや、お前の方が狂ってるぞ?」と思える構造
- → 「共感」と「違和感」の間で笑いが生まれる
- 周囲が異常で、主人公が普通
- 例:世界の住人が「人は3日おきに空を飛ぶべき」と信じていて、主人公だけが「そんなわけない」と思っている
- → 主人公に共感しながらも、世界の狂気がじわじわと怖くなってくる
“笑っていたら、いつの間にか怖くなる”構造
- 最初はコメディとして楽しませる
- 観客が笑っているうちに、どんどん不穏な展開にする
- 気づいたら笑えなくなっている
- 例:「最初はふざけた登場人物が面白かったけど、だんだん彼の言動が異常に思えてくる」
- → 「おかしいのは誰なのか?」という問いが浮かび上がる
違和感のある演技・台詞
- “間”を意図的に使う
- 例:シリアスな場面で、登場人物が意味もなく5秒間じっと見つめ合う
- → 「この間は何?!」と観客に問いを投げる
- ズレた返答をさせる
- A:「俺、もうダメかもしれない…」
- B:「あ、じゃあピザ頼もうか?」
- → 一見ふざけているけど、「このキャラは本当に主人公を助ける気がないのか?」と考えさせる
舞台セットや音楽でギャップを作る
- シリアスなシーンで、明るいポップな音楽を流す → 観客の感情を混乱させる
- 深刻な議論をしている最中に、キャラクターが妙にコミカルな動きをする → 笑えるけど、なんか怖い
総括「ズレの美学」
物語においてズレ・違和感があることで、笑いが生まれたり、不安が募ったり、感情を揺さぶられる。 予定調和のストーリーはスムーズに流れていくが、その分、記憶には残りにくい。
ズレの方向と比率が作品の個性を決めていくのではないだろうか。 コメディでは、ズレが極端にデフォルメされ、キャラクターの反応や状況が大げさに描かれることで笑いが生まれる。 一方、ドラマでは、日常に潜む微妙な違和感がじわじわと広がり、人々に問いを投げかける。 そして、ズレが不穏な空気を帯びると、ホラーやサスペンスへと変わり、観る者を心理的に追い詰めていく。
『プロペラ犬』の作品は、このズレの美学を絶妙に操っていた。観客を笑わせた後に、不意に「これって笑ってていいのか?」と考えさせる。喜劇と狂気の境界線を行き来しながら、観る者の感覚を揺さぶってきた。 物語に違和感があるからこそ、人は考え始める。「普通って何だ?」と問いかけたくなった。
**ズレが感情を揺さぶり作品に個性を与える。**それが今回の「ズレの美学」のひとつの仮説である。
私とプロペラ犬の出会いは東京芸術劇場だった。手術で状況のついでに立ち寄った。
それからDVDを買い漁った。
水野美紀(みずのみき)さんは、ドラマや映画でよく見る女優さんだけど、実は演劇ユニット「プロペラ犬」の主宰としても活動している超多才な人。アクションもできるし、シリアスもコメディもこなせるカメレオン女優だけど、それだけじゃなくて、自分で脚本を書いたり演出したりと、クリエイティブな才能が爆発している。
水野美紀さんと『プロペラ犬』について
水野美紀さんは1974年生まれ、三重県出身。ドラマや映画で長年活躍してきたけど、2007年に演劇ユニット「プロペラ犬」を立ち上げて、自ら作・演出も手がけるように。もともとアクション系のイメージが強かったけど、実はシュールな笑いが好きだったり、ちょっとダークな世界観を描くのが得意だったりする。その個性がプロペラ犬の作品にめちゃくちゃ反映されてる。
「プロペラ犬」は、日本の演劇ユニットの名前です。2007年に俳優の水野美紀と脚本家・演出家の楠野一郎によって結成されました。



