花屋「ジャルダン・デ・フルール」のカッコ良すぎる価値設計に学ぶ

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「ジャルダン・デ・フルール」の設計が圧倒的にカッコいい!
筆者もクリエイティブ系の仕事でサービス設計を手がけることがあるが、価値をどこにデザインするかによって、同じジャンルのお店でもまったく異なるものになる。

「ジャルダン・デ・フルール」は「価値設計|コンセプトデザイン」において、スゴく設計がカッコいい!正直、嫉妬するレベルでカッコいい!

「ジャルダン・デ・フルール」は、単なる花屋ではなく、「花の価値のあり方」そのものを設計し直しているため、単にサービス設計というよりも、より深い「価値の再定義」に近い。

「ジャルダン・デ・フルール」は東信さんが立ち上げた花屋さん。
東信さんの活動には、大きく分けると花屋としての側面とアート作品としての側面の二つがある。彼は「ジャルダン・デ・フルール」という花屋を運営しながら、フラワーアーティストとして世界中で活動している。
今回は、彼の花屋としての側面に焦点を当てて魅力を深掘りたい。とにかくスゴい店なんだ。

東信さんどんな人?

1976年生まれの東信(あずままこと)さんは、独学でフラワーアートを学んで、自分のスタイルを確立。2002年には「ジャルダン・デ・フルール」っていう花屋をオープンして、花を「飾るもの」から「アート作品」に変える試みを始めたんだ。

その後、ハイブランドやアート界ともコラボして、花を使ったインスタレーションや彫刻、写真作品など、幅広いジャンルで作品を発表。特に「時間とともに変化する美しさ」にこだわっていて、枯れる瞬間さえも作品の一部として考えるのが特徴的。

ジャルダン・デ・フルール(JARDINS des FLEURS)

ジャルダン・デ・フルールとは?

花屋のイメージって、どんなものだろう?
ガラス張りのショーケースに並んだ花々。店頭に咲き誇るカラフルなブーケ。
そんな一般的な花屋とはまったく違うのが、**東信(あずままこと)さんの「ジャルダン・デ・フルール(JARDINS des FLEURS)」**だ。

このお店、普通の花屋じゃない。
花屋に入った瞬間、違和感を覚えた。
花がない。いや、正確には「並んでいない」。

花屋なのに花がない! 驚きの店作り

普通の花屋なら、店頭にはずらりと花が並ぶはずだ。
でも、この店にはそれがない。

なぜか?

ジャルダン・デ・フルールでは、店頭に並ぶ花はゼロ
じゃあ、どうやって花を買うのか?

このお店では、顧客がオーダーをすると、そのために花を仕入れる
つまり、在庫は持たない。毎回、その人のためだけに花束がデザインされる。

これは、まるでオートクチュールのような仕組み。
既製品ではなく、一点ものの美を届けるという考え方。

「その時、その瞬間にしかない花の美しさを提供したい」
そう考える東信さんにとって、花は単なる商品ではなく、「生きたアート」なのだ。

東信さんの「ジャルダン・デ・フルール」は、オーダーメイドの花屋だからだ。
決まった在庫を持たず、その人のためだけに花を仕入れ、デザインする。

つまり、「ここにある花」は、すべて誰かのために生まれたもの
流行りの花を適当に束ねたものじゃない。
贈る相手やシチュエーションを考え、ひとつひとつをデザインし価値を作っていく。

そしてこの仕組みは「殺した花をひとつも無駄にしない」ということでもある。


場所は東京・南青山。
洗練された街並みに佇むそのお店は、花が主役になるように設計されたミニマルなデザイン。
コンクリートとステンレスの無機質な空間が、花の存在感をより際立たせている。


オーダーメイドの花束が生み出す“一期一会”の美

普通の花屋で花を買うとき、並んでいる花束の中から選ぶことが多い。
でも、ジャルダン・デ・フルールでは、すべてがオーダーメイド

たとえば、誕生日の花束を注文したいとする。
「バラを入れてほしい」「明るい雰囲気に」なんて希望を伝えたとき、普通の花屋なら既存の花を使ってアレンジする。

だけど、ジャルダン・デ・フルールは違う。
その人のために、ベストな花を仕入れるところから始まる。

つまり、「自分が受け取る花は、世界にひとつだけ」。
とても特別な気持ちになる。

そして、ジャルダン・デ・フルールでは、
単に「花を長持ちさせる」ことが目的ではない。
むしろ、枯れていく美しさまで計算されている。

通常、花屋では「できるだけ新鮮な花を」と考える。
でも、ここでは「枯れていく過程もデザインの一部」になる。

たとえば、
開花のピークがずれるようにアレンジする → 最初は控えめな花が、数日後に主役になる
枯れた姿に美しさを感じる花を選ぶ → ドライになっても絵になる枝ものや葉を織り交ぜる
時間の経過で変化するアレンジ → 1日目と7日目でまったく違う表情を見せる

一瞬の美しさではなく、「時間の中で変化する美しさ」をつくる。
まさに、東信さんが追求する
「時間をデザインするフラワーアート」がここにある。


色のない店舗デザイン

この店に足を踏み入れると、「あれ? ここ、本当に花屋?」と思うかもしれない。
なぜなら、花が陳列されていないからだ。

代わりにあるのは、無機質なコンクリートとステンレスの空間。
まるで美術館のような店内。

ジャルダン・デ・フルールに足を踏み入れると、まず目に入るのは
コンクリートとステンレスの無機質な空間

壁も床も灰色。

ここに並ぶ花が、驚くほど正しく際立つ。

普通の花屋では、カラフルな花々がひしめき合い、
視線が散らばることが多い。

でも、この店では違う。
背景に色がないことで、向き合うべき花そのものの色が最大限に引き立つ。

まるで、ギャラリーで一枚の絵を観るように、
ひとつの花に対して、じっくりと向き合うことができる。

装飾を削ぎ落とし、花を正しく際立たせる。

そしてこの場所は「花を殺して活かす」ための最前線なんだと感じる。


枯れることが「終わり」ではなく「プロセス」

ジャルダン・デ・フルールで感じたのは、「花を生ける」ではなく「花の時間をデザインする」 という考え方のように感じた。
一般的なフラワーアレンジメントでは、花が「一番美しい状態」をできるだけ長く保つことが求められる。
でも、東信さんのアプローチはまったく違う。

「時間の流れを作品の一部として取り入れる」

これは、フラワーアートの概念を大きく覆す考え方だと感じた。
花のピークは一瞬。でも、その前後にこそ、独自の美しさがある。
その変化すらもデザインとして組み込むことで、作品は「完成」ではなく「変化し続けるもの」となる。


ジャルダン・デ・フルールの花束は、
「贈られた瞬間がピーク」ではなく、
その後、どのように変化するかも考えて設計されている。

時間差で開花する花を組み込む
 最初は控えめに咲いていた蕾が、数日後に主役になるように配置。
 「花束を受け取った瞬間」と「1週間後」では、見える風景がまったく変わる。

枯れた後の美しさを前提にデザイン
 一般的な花束は枯れたら終わり。でも、ジャルダン・デ・フルールでは
 「枯れたときにどう見えるか?」まで考えられている。
 色が抜けても形が残るもの、ドライになったときに質感が映えるものを組み込む。

これらは、「美しい瞬間を切り取る」のではなく、
「終わりゆく美しさ」をも作品に組み込んでデザインしている。

時間の流れとともに作品が変化することで、鑑賞者は「美の一瞬」ではなく「美の連続」を体験することができる。見る人は飽きない。


総括:ジャルダン・デ・フルールは花への愛に溢れている

ジャルダン・デ・フルールは、ただ花屋ではない。
ここでは、花の持つ生命の終わりをどうデザインするか? という壮大なテーマに挑んでいるように感じた。
生きることと、朽ちること。時間とともに変化する美。
それをデザインとして表現し、私たちに新しい視点を投げかけてくれる。
そして、その美をお客さんとどう共有していくのか。
ジャルダン・デ・フルールは価値設計|コンセプトデザインは花への愛に溢れている。

花と向き合い、その瞬間の瞬間の美しさを感じ、変化を最大限に活かすこと。」
当たり前に聞こえるが、商業の中で蔑ろにされてきた、大切な、大切にしたい世界観だと思った。

管理人
Brocco

染色・縫製、音楽、グラフィック…。
いろんなジャンルで“つくる”ことを仕事にしています。

今後、より面白い作品やサービスを生み出すために。

このブログでは、「感性を育てる」ことをテーマに、
アートの中にある「気づき」や「視点のずらし方」について、
クリエイター目線で綴っています。

この場所は、私にとっても、思考と感覚を耕す場。
書くことで、自分自身の視点も少しずつアップデートしていけたらと思っています。

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何か小さな“見方の変化”が芽生えたらうれしいです。

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